活況を呈してきたゴルフ界の忘れてはいけない、もう一つの役割 2013年5月7日火曜日 14:11

 日本経済のアベノミクスに歩調を
合わせたかのように世界、そして
日本のゴルフ界にも新たな展開が
見えてきた。
 世界のゴルフ界の最大の話題は、
やはりタイガー・ウッズの復活だろ
う。マスターズで,問題となったあの
ピン直撃のショットを見れば、また
あのタイガーチャージが復活したと
感じた人は多いと思う。運悪くボー
ルが池に入り、またルール解釈の
問題で物議を醸したが、十分今後
の爆発が期待できるものだった。
また身体つきを見ても、肩の筋肉
や腰回りなどの盛り上がりは、以
前にも増して強靭になったように
思う。
 このタイガーに、マスターズ優勝
のアダム・スコット、ローリー・マ
ロイ、そしてフィル・ミケルソンあた
りが絡んでくるデッドヒートは見ご
えがある。
 一方日本のゴルフ界に目を転じる
と、新しいスーパースターの誕生か、
と思わせる新人がプロデビューした。
松山英樹プロである。もう皆さんご
存じだろうが、アマチュアながら自
力でマスターズ出場2回、しかも日
本人初のローアマチュアーを獲得。
今年は全英オープンにも自力出場を
決めている。
 それより日本ツアーデビュー2戦
目で優勝。3戦目の中日クラウンズ、
4戦目の日本プロゴルフ選手権では、
並み居るベテランプロを押しのけ、
あわや優勝かという準優勝を飾って
いる。さらにファンが魅了されるのは
そのプレーぶりだ。プロ初優勝は、
なんと最後の4ホールをバーディー
で締めくくり、韓国のトッププロとの
デッドヒートを制している。かなりの
強心臓である。このタイガー張りの
チャージは、青木功選手が彗星の
ように現れた頃のプレーぶりにそっ
くりである。大たたきもすれば、バ
ーディーラッシュ、ぶっちぎりの優勝
もあるというゴルフで、ファンが興奮
の坩堝と化す、魅力あふれるゴルフ
だ。ある種、日本のゴルフ界の救世
主ではないだろうか。石川遼選手が、
米国ツアーに参戦した今、日本のト
ーナメントで大勢のギャラリーを呼
べるプロの出現が待ち望まれていた
青木功、尾崎将司両選手以来のメジ
ャー級のプロの出現である。
 となると後は気になるのが、石川
遼選手である。米国ツアーでも予選
通過ぎりぎり、もしくは予選落ちと
いう状態が続いている。石川選手に
関しては、数人の有識者、あるいは
大先輩プロから耳にしたコメントが
ある。それはティーチングプロの存
在である。つまり数人のコメントは、
どうしてティーチングプロに教わら
ないのだろうか?というコメントで
ある。過去にも現在にも名だたるプ
ロには、必ず素晴らしいティーチン
グプロの存在がある。ジャック・二
クラウスには、ジャック・グラウト、
トム・ワトソンには、バイロン・ネ
ルソンという名伯楽がいた。タイガ
ーも、ブッチ・ハーモン、ハンク・
ヘイニーと続き、現在のショーン・
ホーリーから密に教えを受けている
いう。また米国のゴルフ誌には、
ティーチングプロランキングなども
存在する。これほど関心が高い存
在である。
 こんなに至近なところに有能なテ
ィーチングプロがたくさん存在する
のに、なぜか石川選手の周囲では、
ティーチングプロの存在が見えない。
あるいはかなり厳しい箝口令を敷い
て極秘のレッスンを受けているのだ
ろうか?いやそれはないだろう。
 帝王や新帝王を始め、あのタイガ
ーさえ契約しているティーチングプ
ロの存在は、常にスイングチェック
する姿勢としては、プロゴルファー
にとって必須ではないだろうか?
あのトム・ワトソンでさえ、トーナ
メントが当日、そのままティーチン
グプロのところに飛行機で向かった
などという話はよく聞いた。
 先日あるテレビ解説者と話してい
た際、この疑問を聞いたところ、
「石川選手の周囲がティーチングプ
ロの役割りを理解できていないので
はないだろうか?確かにスイングに
迷っている姿がよくあるので、かな
り助けにはなると思うね。特にアメ
リカのコースは、ティーインググラ
ンドからピンポジションを意識した
ショットが要求され、コースマネジ
メントに関してもかなり悩むことが
多いのではないだろうか?」
ということだった。
 日本人は、なぜかゴルフに関して
は、教えを乞うということにメリッ
トを感じる意識が低いように思う。
これは何もプロゴルファーに限った
ことではない。本来、ゴルフコース
において、レッスンというのは、重
要な営業戦略の一つなのだ。それが
コースに所属するクラブプロ、レッ
スンプロの役割りなのである。
 欧米では、あまりプロゴルファー
という呼び方を聞いたことがない。
つまりプロゴルファーという呼び方
は、ゴルフに関するあらゆる知識、
プレーの技術のことはもちろんのこ
と、ルールマナー、芝草、ボールや
クラブなどのグッズ、メンテナンス
などすべてのことをマスターしてい
るプロのことを言う。これに人格と
礼儀を兼ね備えた尊敬される人物が
プロゴルファーという呼ばれるとい
うことになる。だから欧米では、ト
ーナメントに出ているプロをトーナ
メントプロ、レッスンしているプロ
をレッスンプロあるいはティーチン
グプロ、さらにゴルフ場の運営に携
わっているプロをクラブプロと呼ぶ。
しかもそれぞれ、尊敬される職業と
してプライドを持って仕事をしてい
る。たとえばよくゴルフ場のショッ
プをプロショップという呼び方をす
るが、実はそのコースの所属プロが
推薦する品物を集めたショップのこ
とを言い、プロのいないのになぜか
プロショップと読んでいるゴルフ場
があるが、これは正しくないことに
なる。
 日本のゴルフコースも、このプロ
フェッショナルの役割りを理解し、
さらにはゴルフ場での存在を確認し、
ティーチングプロ、ゴルフ場双方の
割り認識して楽しいゴルフライフ
過ごしていただくことをお勧めした
い。

 

 

 

偉大なプレーヤの名言レッスンコーナー その65 2013年4月9日火曜日 18:32

『出場したからには、舌を噛み切っても口実や言い訳は唇にのせてくれたもうな。』
                                 赤星六郎(1898~1944)
戦前、米国留学し、そこで覚えたゴルフを帰国後日本に広め、ゴルフ界興隆の魁となった人です。日本オープンも創設し、第1回大会は自身が優勝しています。宮本留吉らプロも育てました。その六郎がいちばん忌み嫌ったのがアリバイ(口実)、エクスキューズ(言い訳)です。「日本人は病人ばかりなのか」と皮肉ったくらい、試合では「風邪ひいた」とか「仕事が忙しい」とか自分の不成績に対し、言い訳ばかりする者が多かったのでしょう。「たとえ体が不調でも、いかなる事情があるにせよ、ひとたび試合に出たらベストをつくし、勝っておごらず、負けて恥じず、虚心坦懐、一切の弁解をしない者こそ、真のスポーツマンシップといえよう」と喝破しました。三平も含めて、ゴルファーのみなさん、これらの「言葉」、虚心坦懐に聞きましょう。

偉大なプレーヤーの名言レッスンコーナー その64 2013年3月23日土曜日 13:01

『もし人間の本質が知りたければ、ゴルフで5ドルのナッソー(賭け)をしてみることだ。本当の姿が瞬時に見えるだろう。』
                             グラントランド・ライス(1888~1954)
ゴルフで人間性が露見するとはよくいわれます。それに“賭け事”が加わると、さらに人間の欲望といった裏側が透けてみえるというのです。ライスはその時代の最も優れたスポーツライターで、後半生はゴルフにしぼってエスプリとアイロニーに満ちたエッセイを数多く残しています。この「言葉」の続きも秀逸です。「ゴルフは相手の人柄ばかりか、自分の隠された性格まで見抜く力を与えてくれる」「ラウンド後、シャワーを浴びてグラスを傾け、スコアカードを広げて計算が始まると、人は自分以外の何者にもなれない」。三平もこれらの「言葉」に初めて接した時にはなるほど!とハタと膝を打ったものでした。

偉大なゴルファーの名言レッスンコーナー その63 2013年3月11日月曜日 10:24

『日本人のアイアン下手な原因は練習マット、高麗芝、そして飛距離偏重主義にある』
                               デビッド・レッドベター(1952~)
プロを教える「世界一のティーチィング・プロ」として、1997年来日した時の「言葉」です。レッドベター・ブームは凄まじく、レッスン受けるのに半年待ち、フィは200万円といわれていました。その彼が日本人ゴルファーの印象を語る過程で飛び出した「言葉」でした。練習マットではクラブヘッドが滑ってくれるので、ダフっても球は飛び、アイアンの生命線であるダウンブロー打法がつくりにくくなるということでした。日本特有の高麗芝もボールが芝の上に浮くので同じことがいえると。またドライバーばかり練習しているので、身長の割りには飛ばし屋が多いのだが、しかしコースにはパー5は4つしかなく、ドライバーでのアドバンテージより、グリーンへ乗せるアイアンショットのほうが大事だと合理的説明をしたわけです。なるほどとうなづいたアマチュアも多かったことでしょう。

偉大なプレーヤーの名言レッスンコーナー その62 2013年2月20日水曜日 17:26

『自分のスイングが完成したと思うことがあるが、翌日には私の帽子さえ打つことが出来なくなったりする。ゴルフはまことに難しい。』
                          ジャック・ニクラウス(1940~)
 これは誰の『言葉』かといいますと、帝王と呼ばれ、メジャー18勝の記録は未だ破られていないニクラウスの全盛時のものです。「20世紀最高のアスリート」に選ばれたニクラウスがゴルフは解らないといってるわけです。よくアマチュアーで「解った!」とか「開眼した!」とか叫ぶ人がいますが、これはかなりおこがましいことです。ゴルフは一寸先は闇、どこで何が起こるか予測不能なのです。スイングつくりにおいてもラウンドでも、虚心坦懐、謙虚にして解ることがちょっとは見えてくるはずだと、帝王は諭してくれているのです。

偉大なプレーヤーの名言レッスンコーナー その61 2013年2月8日金曜日 18:05

『テークバックが大きい人にパットの上手い人はいない。パット名人は例外なくテークバックが必要最低限に小さい。』
                           ジーン・サラゼン(1902~1999)

三平は、米国フロリダ州にあったサラゼン翁の自宅にまでお邪魔して、様々な名言をきかせてもらう栄誉に恵まれました。これも翁の若い頃の名言だといえるでしょう。テークバックが大き過ぎるとインパクトで微妙に力加減を調節しなければならなくなり、タイミングがとりにくくなるというのがその理由でした。小さければインパクトでの加減調節が不要になり、常に同じリズムで打つことができるということです。これは若い時、ライバルであり、僚友でもあったボビー・ジョーンズを見て――他のショットは完璧なのにパットにだけ難がある――感じたといってました。テークバックが大きくてもカンの鋭い若い時分は通用するが、加齢すると・・・。ジョーンズが早く引退したのもここに起因していたと、サラゼンは見ていたのです。

世界デフゴルフ選手権が、世界デフゴルフ連盟からニュースとして世界に発信されました。 2013年1月30日水曜日 10:43



昨年10月に開催された、世界デフゴルフ選手権について、世界デフゴルフ連盟のニュースレターに記事として紹介されていましたので、下記のようにご紹介します。

ボギー三平にとっては懐かしい思い出の大会となりました。







2012 世界デフゴルフ選手権大会は成功に終わる!




13カ国からの92選手に, ボランティア400名、そして津カントリー倶楽部が最大の成功要素である。







2012 世界デフゴルフ選手権大会は次のようにすべてが揃っていた;素晴らしいゴルフコースに、素晴らしい気候に、 素晴らしい選手たちや専門的にイベントの運営ができることに尽きるのではないでしょうか?







今回の世界デフゴルフ選手権大会は日本の三重県にある津カントリー倶楽部で行われました。 そのゴルフコースは津市の南部の山々に囲まれた本当に美しいコースでした。




もし、選手が一瞬でも集中を切らした場合、打つのは難しい!いくつかのホールのフェアフェイは両側に下方傾斜しており、選手はトラブルに巻き込まれないように常にフェアフェイの真ん中にボールを落とす必要がありました。







2012年世界デフゴルフ選手権大会の全選手92名という数字は世界デフゴルフ連盟が新たにすべてのカテゴリーのハンディキャップを下げた割にはいい数字です。選手たちをそのハンディキャップに近いレベルに持っていき、選手権の質を高めるために必要なことでした。







オーストラリアからの若いルーキーのジャック・マクロード選手は初日から男子トーナメントを支配し、準優勝のデンマークのハンス・イグガードに13打差のトータル290で優勝しました。ジャック選手は16歳で、この大会のエントリー締め切りの2ヶ月前にオーストラリアデフゴルフ協会に発掘されました! 他のオーストラリア選手、ジャック・ベスリーが305で3位となりました。







オーストラリア男子チームは1249で団体優勝しました。2位争いはスウェーデンチーム1290でトータル1300のデンマークチームに勝ちました。







他にもルーキーのオランダのレオニー・ワーリンガ選手が女子トーナメントを制しました。 彼女の父がキャディを務め、若いオランダ女子選手が素晴らしいゴルフで4日間通して331ショットのみで収めました。 アメリカ選手のメリッサ・ストックトンは352で準優勝、3位は日本の浅香幸江選手が369でした。







レオニー・ワーリンガ選手が年末にオランダのナショナルスポーツ祭に招待されたと聞いてとても喜ばしいことです。私たちからもお祝いを申し上げます。おめでとう!




女子団体は、アメリカがトータル730で優勝しました。準優勝は754でオーストラリア、3位は794で日本でした。







シニアの部、個人はカナダのケニス・ホフマン選手が330ストロークで2連覇を達成しました。2位、3位は日本の渡辺昭男選手と大石淳選手が333と339とそれぞれ続きました。




シニア団体は、今回の大会で初めて開催され、WDGFのシメオン・ハート理事が寄贈したトロフィーを日本チームが670で初代い優勝となりました。準優勝はカナダで673、3位はアメリカで683でした。




2012年世界デフゴルフ選手権の実行委員







世界デフゴルフ選手権大会の準備は2008年パースでの選挙で日本が開催国に選ばれた瞬間から始まりました。キャビン・バルハリー氏とアーネ・ルンドクイスト両氏は津カントリー倶楽部小池理事長から、ゴルフコースの視察に日本へ招待されました。この調査については、いくつかのマイナーな修正をチェックする上でも重要でした。例えばウォーターハザードのマーキングは白杭から赤と黄色に変更されました。







日本デフゴルフ協会がこの大会の主催となり、世界デフゴルフ選手権大会は、三品智加良氏の指揮によって運営されました。覚書はそれぞれの権利と義務が明記された世界デフゴルフ連盟と日本デフゴルフ協会の間で締結されました。







世界デフゴルフ連盟理事は、日本の実行委員と連携が非常にやりやすかったようでした。 雰囲気は、運営上、影響を与える問題が発生してもプラス思考で常に穏やか解決できました。







日本の実行委員は、津カントリー倶楽部からバスで30分で行けるココパリゾートを大会宿泊施設として選びました。ホテルからゴルフコース間の交通はとても整備され、選手たちはクラブハウスでゴルフバッグを収納することができたので問題が発生することはありませんでした。また各選手はロッカールームで各自のロッカーを持つことも出来ました。







大会が始まる前に日本の実行委員と世界デフゴルフ連盟理事は2012世界デフゴルフ選手権大会の成功を祈るために神聖な伊勢神宮へ訪れました。大会全日素晴らしい気候に恵まれたのはきっと神様が私たちの願いを聞き届けてくれたからでしょう!







私たちはゴルフコースでの多くのボランティアに感銘を受けました。各ホールは2組のフォーキャディーがボールを探すのを手伝い、ほぼすべての選手グループはゴルフカートに乗っているサポーターによって進めることが出来ました。







世界デフゴルフ連盟は小池建夫氏、小島しおり女史、三品智加良氏、袖山由美女史、競技委員、ボランティア達、そして世界デフゴルフ選手権大会運営に関わった全ての人たちにこのように2012年世界デフゴルフ選手権大会が成功したことに感謝申し上げます。












左上:オープンセレモニーの前に伊勢神宮参拝             右上:ランダムな集合写真




 




左上: ここ話リゾートのフォニックスホテルからの眺め。 選手達や関係者は左側にある丸い背の高いアザリアホテルに宿泊しました。









2012世界デフゴルフ連盟理事(欠席:シメオン・ハート)




          




ジャック・マクラウド選手:2012一般男子個人優勝       レオニー・ワーリンガ選手: 2012一般女子個人優勝




写真提供: Jens Luckenbach                      写真提供: Jens Luckenbach










左下 :南アフリカ代表が自己紹介.                     右下: ダレル・ホービネン(アメリカ)が2014世界デフ選手権大会のプレゼン




    







アンチ・ドーピング規則 - ICSD




国際デフスポーツ委員会(ICSD)は全てのデフ世界選手権でドーピングテストをすべきであると要求しています。 ICSDの要件を満たす為に2012世界デフゴルフ選手権大会直後に選ばれた選手たちが試験を受けました。







世界アンチ・ドーピング機構(WADA)による禁止リストを見て注意して欲しい、また選手が医療目的のために使用しているかどうか確認してください。物質が禁止リストにある場合は彼または彼女は、治療目的使用の適用措置(TUE)を頼むことができます。














良い 休日を!!




コメント? フィードバック?




もし、世界デフゴルフ連盟のウェブサイトやニュースレターに情報の提供や追加、もしくは改善の為の提案がある場合は media@worlddeafgolf.comまで連絡ください。注: 応募につきましてはスペースに空きがある場合に掲載させていただきます。







次のニュースレターは: 2013年の第1四半期